VRMとはドワンゴ(バーチャルキャスト)が提唱、実装したオープンソースの人型3Dモデル用ファイルフォーマットです。

でもVRMについて語るより先に、MMDについて語りたいと思います。

MMD文化

MMDとは正式名称がMikuMikuDanceで、樋口優さんが開発したフリーウェアのPC向けアプリケーションで、内蔵している初音ミクの3Dモデルを用いてアニメーション動画を作ることができます。

2008年2月24日にニコニコ動画上でリリースが発表され、その後沢山の人に利用され、膨大な量のMMD動画が生まれることになります。

当時はインストールしてすぐにとっかかりやすいUIで3Dアニメーションを作成できるフリーソフトなんて無かったので非常に重宝される事になりました。Blenderは当時からありましたが、今よりUIが難解で、実際樋口さんはBlenderでアニメーション作ろうとしたらしんどすぎたのがMMDを開発した理由だそうです。

MMDは最初の頃はミクさんしか操作できませんでしたが、バージョンアップで他のボカロキャラのモデルも利用できるようになりました。

そして3Dカスタム少女の時のように、またもや有志のユーザー達によってMod文化的な物が生まれ、MMDのファイルフォーマット(pmd)を解析してユーザーが任意の3DモデルをpmdファイルにしてMMDで読み込めるようになりました。

代表的なツールに極北PのPMDEditorがあります。Xファイル(DirectX向けモデルフォーマット)を読み込んでPMDをセットアップできます。

これで様々なMMDモデルが生み出され、配布されていく事になりますが、このユーザーモデルの文化があくまで有志のユーザーが自主的にやった事で、樋口さんは関与していない点がポイントです。

PMDは公開するつもりのファイルフォーマットでなく、あくまでMMDの内部的に使うだけの予定のものだったためか、柔軟なフォーマットではありません。ボーン構造も決め打ちだし、表情のモーフの種類も決め打ちで指定されてます。

しかし、この制約が良かった。制約があるからこそMMDのモーションファイルは別のキャラクターにそのまま使える事ができ、MMDのエコシステムが生まれたのです。

MMDのエコシステムとは、モデリングが得意な人はMMDモデルを作り、アニメーションが得意な人はモーションファイルを作り、エフェクトが得意な人はエフェクトファイルを作り、それらを公開してまた別の人がそれを改変したり、それぞれの得意分野を生かしてマッシュアップしてニコニコに動画を公開するというサイクルです。

ちなみにMMDはその素性がミクさんの二次創作を作るための物だったためか、ユーザーモデルもほとんどがアニメや東方などの二次創作モデルでした。

後に極北PはPMDフォーマットを改善、拡張したPMXというフォーマットを発表して、PMDEditorに実装しました。

当然MMDでは読み込めないフォーマットでしたが、樋口さんは空気を読んでMMDをPMX読み込みに対応させました。

極北PはPMDEditorの後継ツールであるPMXEditorをリリースしましたが、このツールの利用規約にはソフトウェアの商用利用を禁止する条項が存在します。

MMD文化は作品愛の発露からの二次創作が根源にあり、MMDのエコシステムに乗っかって商売をしようみたいな輩は排斥されがちでした。

PMXファイルのセットアップには事実上PMXEditorを使わざるを得ず、故にMMDは商用的な利用ができなくなった、いや、MMDは商業的行為から守られたというべきでしょうか。

例えば、CLIP STUDIO PAINTの3Dキャラ素材をセットアップできるCLIP STUDIO COORDINATEは当初pmdファイル読み込みに対応していましたが、”多くのMMDユーザー様からご意見を頂戴した結果、これらの形式のファイルの読み書き機能自体を撤廃することとなりました。”

MMDファイルの読み込みについて

サービス提供側からすれば、すでに沢山のモデルが揃っていて便利なファイルフォーマットなので乗っかりたかったところですが、モデル制作者からするとMMDモデルの公開はあくまでMMD動画を作るために使って欲しくてやっているのに、それを関係無い事に使われてしまうのでは当然困惑してしまいます。

こういう事もあり、MMDモデルを本来と別の用途に用いようとするのは地雷行為という認識が広まりました。

ニコニコの中の内輪でこっそりMMD動画を作って盛り上がってる分にはいいのですが、二次創作モデルが意図しない使われ方をされて原作者に迷惑がかかるような事になっては非常にマズいので、モデル作者としてはトラブルを未然に防ぐためにも泣く泣くモデル公開を取り止めに追い込まれるような事態も起き得ます。

その後、MMDをUnityに読み込んでVR動画として鑑賞するような行為にも批判が集まってしまう事などもありました。

結局のところ何が言いたいかというと、MMDのPMXというファイルフォーマットは非常に便利でありそのメリットはMMDで使うだけにとどまらなくなってきてますが、とは言えPMXはこれまで述べた通り、MMDカルチャーと一心同体であり、ファイルフォーマットだけを取り出してよそに持っていくことはできないものだという事です。

故に、PMXと同じような新しい代替ファイルフォーマットの登場はアプリ開発者などの間で以前から待ち望まれていました。

VRMの登場

で、満を持して登場したのがVRMファイルです。

ずっとMMD文化の最前線で成り行きを見守っていたニコニコ動画のドワンゴからこのファイルフォーマットが作られたというのが感慨深いです。

バーチャルキャスト社からはそういう事は明言されてませんが、やっぱMMD文化を踏まえた上でのVRM提唱なんじゃないかな~と思います。

VRMの仕様はglTFというファイルフォーマットの拡張になってます。glTFはMicrosoftも正式採用していて、素性の確かなフォーマットです。

PMDフォーマットに制約故のメリットがあったのと同様に、VRMでもボーン構造などを決め打ちにする事でモーションや制御プログラムの使い回しが可能です。

しかしVRMはPMDとは想定してる用途が違います。PMDがキャラクターアニメーションのためのフォーマットなのに対して、VRMはバーチャルキャストなどでVRアバターとして使うのが主な想定用途なので、例えばブレンドシェイプのパターンは決め打ちになってるのはリップシンク、瞬き、喜怒哀楽くらいしかありません(他に必要な物があれば自由に追加できますが、他モデルとの共通化は保証されません)。

それはさておき、MMDのPMDフォーマットが沢山の人に利用されたのは、MMDというソフトとセットだったからです。ファイルフォーマットだけポンとあっても使い道も一緒に用意してくれないと中々使われません。

バーチャルキャスト社はその事もよくわかっていて、VRMと一緒にVRMを読み込んで使うバーチャルキャストもリリースしました。

Unity開発者から見たVRM

公開されたVRMフォーマット、そしてVRMインポータ、エクスポータはUnity開発者から見ると結構革命的なツールでした。

インポータを使えばランタイムで実行しているゲームから動的にVRMファイルを読み込む事ができます。

これはVRとかアバターだけに留まらない幅広いメリットをもたらします。

例えばVワールドというVRMを読み込めるフリーソフトがありますが、VRとは関係ないソフトで、読み込んだVRMキャラクターをプレイヤーキャラとして操作できるゲームです。

VRM以前に同じような事をやろうとすれば、Unityのアセットバンドル形式にするしかありませんが、ユーザはUnityエディタを使って作成するしかないというデメリットがありますし、アセットバンドル形式はUnityのバージョンで互換性が失われるなど可搬性が低いです。実際VRChatはアセットバンドル形式を採用してますが、使用するUnityエディタのバージョンは指定された物しか使えません。

それにアセットバンドルだとUnityでしか使えませんが、VRMなら仕様がオープンソースなので理論上は他のゲームエンジンからも利用できます。

エクスポータを使えばランタイムからVRMファイルを書き出せます。

VRoidやセシル変身アプリはこの機能を使ってVRMを書き出していると思われます。

スマホアプリからVRMを読み込むにはユーザにストレージへVRMをコピーしてもらうなど面倒ですが、VRoid Hubのようなサービスを使えばサーバから簡単に読み込んだりアップロードしたりできるようになるでしょう。

ただし問題点もあって、VRMにはポリゴン数やテクスチャ数の制限が設定されていないようですから、あんまりに重いVRMを読み込むとアプリが落ちるかもしれませんので、個々のアプリでファイルチェックする必要があるでしょう。

VRMの現状

すでにVRMを利用した色んなソフトやツールが作られています。いくつか紹介してみます。

Vワールド

前述したように、VRMをプレイヤーキャラとして操作できるゲームです。

twitterを見てるとアバターキャラの自撮り用によく使われてるようです。

バーチャルモーションキャプチャー

VRMの3DモデルでVRゲームの中に入ったような撮影が行えるツールです。

他のソフトも色々公式ページにまとめられてます

VRM Converter for VRChat

VRMをVRChat向けにセットアップする補助ツールです。

VRMtoPMXExporter

VRMをPMXに変換するツールです。

MMDのVRM版みたいなソフトはまだ無いのでVRMでMMD動画を作りたい時に便利ですね。

VRMの未来

先日、VRMの策定・普及を目的としたVRMコンソーシアムの設立が発表されました。

この動画を観るとまずVRoid StudioやVカツをつかって簡単にアバターを作れて、iPhoneフェイストラッキングやVRヘッドセットを使ってvTuber配信が簡単にできます!clusterに参加したりゲームのキャラとして使えます!という内容が紹介されてますね。

VRコンソーシアムのオブザーバーに任天堂が入ってるのが興味深いですね。

もしもVRMが任天堂ハードでMiiの代わりとして採用されたらどうなるでしょうか?スマブラで自分のアバターと友達のアバターでバトルできるようになればテンアゲしそうですね。

次回作のFFやドラクエではVRMを読み込んで主人公にできます!なんて未来もあり得なくは無かったりして。

個人的にはMMDの時のようなマッシュアップによるエコサイクルが広がると面白いなと思ってます。せっかく新しいフォーマットなので分野をまたいで色んな人が自分の得意分野を生かしてコミットし合うみたくなればいいですね。VRoid Hubやザ・シードオンラインのようなサービスがエコサイクルのハブになるのかもしれません。

しかしいつものクセでひねくれた事も考えてしまうのが、自分のVRMアバターをちゃんと用意したいなんて思う人って何人くらいいるんですかね?という。

twitterアイコンだってちゃんと自作で作ってる人の割合ってどれくらいだろう。

インスタグラムが流行ったのは写真撮って上げるだけというコンテンツ制作の手軽さにあるそうです。VRMの普及もどれだけ簡単かつ自由に作れるようになるかにかかってるのかもしれません。

あとVRChatではガイドラインで許可されてたりしない作品の二次創作モデルを使うのはタブーな雰囲気がありますが、VRMもバーチャルキャストなどで使う事を考えると、二次創作モデルはマズそうみたいな雰囲気がある気がします。

MMD文化とは対照的ですが、そういう二次創作の扱いなどのVRM界隈の風潮の成り行きがどうなっていくのか気になりますね。

二次創作はMMD、アバターはVRMって棲み分けになっていくのかな?