表題の通り、私がゲーム制作の奥義だと思ってる事について書きます。

奥義と言っても、真っ当なゲーム開発者ならみんな知ってる事です。
「なんだ、知っとるわ!それくらい!常識だろ!!」と思うかもしれません。
しかし、もしこれを知らないでゲーム作ったら、数億円でも数十億円でも、好きなだけ大損こけるという点には同意いただけるかと思われます。

ですから、もしも知らなかった人は、これを知る事で、何億円でもトクできる…可能性があります。
そういう意味で、やはり奥義です。

この奥義は、私が発明したものではありません。
任天堂の宮本茂さんがかなり昔からゲーム制作時に必ずやっているというものです。

宮本茂さんは、マリオゼルダといった沢山の神ゲーの生みの親である、要するに世界的な神のゲームデザイナーです。

ですので、本当は私がこんな風に偉そうに書く権利は無いんですが、まあとにかくその宮本茂メソッドを今回の記事では紹介します。

さて、やたらもったいぶりましたが、それではいよいよその奥義を書きます。

制作中のゲームを他人にプレイさせてみて、自分はその様子を後ろから眺める。

大事な事なのでもう一回書きます。

制作中のゲームを他人にプレイさせてみて、自分はその様子を後ろから眺める。

大事な事なので二回書きました。

この奥義のソースについてですが、2007年のほぼ日の「任天堂の岩田社長が遊びに来たのでみんなでご飯を食べながら話を聞いたのだ。」という、超重要な内容が語られてる割にはなんかユルそうなタイトルの記事の中で、岩田さんによって語られています。

この記事は、ほぼ日の大量のコンテンツの中にひっそり埋まってますが、ゲーム作りたい人で読んだことが無い人は大事な情報なので10回くらい読むと良いかと思います。

https://www.1101.com/iwata/2007-09-03.html

宮本さんって、
「こうやったら、こうなるはずや」
っていうふうにつくって、
もちろんその時点で、ほかの人よりは
はるかに打率が高いんですけど、
神様じゃないので、それなりに間違うんです。
それをどうやって補正してるかというと、
社内から、そのゲーム触ったことのない人を
ひとり、さらってくるんですよ。
さらってきて、なにも説明せずに、
いきなりポンとコントローラーを握らせて
「さあ、やれ」って言うんですよ。

なにも知らない人がそれを遊ぶのを見て、
「あ、ここわからないのか」とか、
「あそこに仕込んだ仕掛けは
 とうとう気づかずに先に行ってしまった」とか、
「先に、これやってくれないと、あとで困るのに」
というようなことが、後ろから見ていると、
山ほどあることがわかるんです。
お客さんが、前提知識がない状態で、
どんな反応をするかがわかるんですね。
だから、宮本さんは、自分がどんなに
実績のあるゲームデザイナーであろうと、
「お客さんがわからなかったものは
 自分が間違ってる」
というところから入るんですよ。

まあ、ここに書かれてる事が全てなので、これを読んでいただいたらもう私の記事は閉じていただいてもいいっちゃいいんですが、この記事はまだまだ続きます。

制作中のゲームを他人にプレイさせてみて、自分はその様子を後ろから眺める。 」という奥義、これを聞いたあなたは「なんだ、そんな事か」とガッカリしたかもしれません。
でも、”そんな事”をちゃんとやれているんでしょうか?

奥義と言うと、なんかド派手な必殺技とかを想像してしまいがちですが、まあ往々にして実際は奥義なんてのは地味~なもんです。

しかし、これだけだとあんまピンと来ないかもしれませんから、もう少し 「 制作中のゲームを他人にプレイさせてみて、自分はその様子を後ろから眺める。 」 事について深掘りしていきたいと思います。

岩田さんと宮本さんの話。天才について

岩田さんは元任天堂社長として有名ですが、その前はHAL研で開発部長、のちに社長をやっていました。

糸井さん達がマザー2の開発で行き詰ってた時に、岩田さんは助っ人として開発現場に呼ばれましたが、その時に岩田さんは、

「これを、いまある形のままで、
 直していくなら、2年かかります。
 でも、イチからつくっていいなら
 1年以内にやります。
 どちらにしますか?」

と仰って、実際にその後1年で作り直して発売まで漕ぎ付けました。

ですから、岩田さんは「俺は常人の2倍のスピードでゲーム作れるぜ」くらいの自信は持ってたはずです。

しかし、任天堂の宮本さんが作ったゲームは岩田さんの作ったゲームの何倍、何十倍も売れているようです。
いくら効率よくゲーム開発ができると言っても、売り上げで何十倍も差が付けられては勝てません。

普通の人なら「まあ宮本茂は天才だからしゃーないか」とか思ってしまいそうですが、岩田さんは「なんで?」を突き詰めるタイプです。

例えば、自分の会社にメッチャ天才な感じの人がいるとします。
その天才的な人に自分が追い付けないのは、そもそも脳みそのデキが違うからしゃーない。のかと言うと、必ずしもそうではなかったりします。
もしその天才的な人と自分のやってる仕事とかの手法が、完全に同じなのに、結果だけが何故か違ってきてしまうというのであれば、たしかに脳みそのデキの違いの問題かもしれません。
しかし、大抵の場合は天才に見える人は実際に天才というよりは、普通の人と”手法”が違うだけだったりします。
ですから、天才的な人の仕事の進め方をガン見して、完コピしたら自分も同じように成果が出せる…かもしれません。

さて、ここんとこが、ゲームを作りたいと思ってる人達に一番伝えたいところです。
我々は普段、最終的にリリースされた製品版のゲームだけを遊んでいるので、開発の過程をほとんど知りません。
ですから、宮本さんの作った神ゲーを遊んで、宮本さんは天才だからこんなゲームが作れちゃうけど自分には無理だよ~とか思いがちです。

しかし、岩田さんが指摘してるように、宮本さんと言えども神ではありません。
ですから宮本さんだってしょっぱなに出してくるゲームは普通の人と同じで凡ゲーとか駄ゲーになっちゃうハズです。
しかし、その駄ゲー状態からの改善のプロセスが普通とは違うらしいという事です。
そこで他のゲームと差が付いた結果、宮本さんのゲームは特別なものになっている…という事だと思います。

恐らく、岩田さんは最初に、直接宮本さんに「どうしてそんなに凄いゲームが作れるんですか?」とか訊いたりしたはずです。
でも、多分宮本さんは納得するような答えをくれなかったでしょう。
それは、秘密だから隠してる、というよりは、宮本さんにしてみたら「どうしてって…普通にゲーム作ってるだけだが?」という感じで自分自身では自然にやってる事だから、言語化できないのでしょう。

ですから、宮本さんの凄さの秘密が知りたければ、直接宮本さんにインタビューしてる記事とか読むんじゃなくて、それよりもむしろ、ずっと宮本さんをガン見し続けて、宮本さんの凄さの秘密を言語化しまくっている岩田さんが言っている事をチェックすべきです。
宮本さんがソクラテスだとしたら、岩田さんはプラトンみたいな関係です。

そんなわけで、岩田さんは、宮本さんのやってる事をメチャメチャガン見し始めました。
岩田さんは「世界一の宮本ウォッチャー」を自認していましたが、もはやウォッチャーと言うよりストーカーレベルで、「俺が世界で一番宮本さんの事を分かってるんだ!!」みたいな(この辺妄想で書いてます)

そうやって宮本さんをこっそりガン見していた岩田さんが気付いたのが、この奥義だったワケです。

この奥義を発見した岩田さんは大ショックを受けて、会社(当時はまだHAL研にいたのかな)に帰ってすぐに、奥義をレポートにまとめて、これが宮本さんのゲーム制作の奥義や!みたいな感じで社内で発表したようですが、みんなポカーンとして、なんのこっちゃ?みたいな感じで誰も共感してくれなかったようです。

まあ、ここまでがソース記事で語られてる流れですが、恐らくそれからも岩田さんは宮本さんをウォッチしまくって、その天才的な手法をレポートにまとめまくっていったんじゃないかなと思います。

そんで、岩田さんが任天堂社長になったりしてから、レポートにまとめられた宮本茂開発メソッドはマニュアルみたいな感じで開発部署の社員に配布されているのかもしれません。
まあこれは想像で書いてますが、というのも本当に私がその辺の事情を知ってるとしたら内部情報の暴露になってしまうので、そんなんこんなブログで書けるわけ無いですからね。

でも岩田さんの性格からしてそういう事をしてそうです。
任天堂のゲームのクオリティ水準の高さの秘密はその辺にありそうな気がしますね。

宮本プレイテスト時の注意点

さて、この「制作中のゲームを他人にプレイさせてみて、自分はその様子を後ろから眺める」という奥義ですが、毎回全文書くのが面倒なので、一般的な名称としてプレイテストと呼ぼうかなと思いますが、単なるプレイテストというよりは宮本さん独自のプレイテスト方法ですから、”宮本プレイテスト”とこの記事では呼ぶことにします。

この宮本プレイテストを実際に実施するにあたって、注意点がいくつかあります。

まず、この宮本プレイテストではゲームプレイを”観察する”のが大事です。

ゲームプレイしてもらってから、”どう思ったか意見を訊く”とか、”アンケートを取る”とかはやめてください。”観察する”事が重要です。

まあ、観察した”ついで”なら意見を聞いたりアンケート取ったりしてもいいでしょうが、あくまでアテにするのは観察しての気付きであって、意見やアンケートはあんまアテにしない方がいいでしょう。

何故なら、人間は言葉では本当の事を伝えないからです。
ぶっちゃけて言えば誰しも嘘つきという事です。まあ、わざと嘘を付こうとしてるとかではないですが、人間は自分の感じた事を正しく言語化するのは困難です。
たとえば、自分の好きなラーメン屋があるとして、なぜ自分がそのラーメンが好きなのか、言語化するのは難しいです。「おいしいから」としか言いようが無かったりします。(何の参考にもならん)

Steamでゲームに低評価レビューが付いたりしますが、例えば「グラフィックがダメ」とか、「キャラが可愛くない」とか「ステージが長すぎてダレる」とか書いてたりするとします。
じゃあ分かりました!つってレビューで書かれてる事を全部改善すれば、この人が高評価してくれるか?というとそうでもなかったりします。
本当の問題はゲームプレイがつまらない事で、そこさえ直せば全部良くなるのに、レビュワーは本当の問題を言語化できてないからなんとなく目に付いた問題を書いてってるだけ。だったり。

ですから意見とかは真実では無かったりするので、それよりは観察した事は真実ですから、意見とかよりも観察をアテにすべきという事です。

また、岩田さんが言うには、宮本さんは”社内からそのゲームを触った事のない人を一人さらってくる”んだそうです。
つまり、なるべく初めて触った人のプレイを重視するというわけです。

「プレイテストくらい自分でやっとるわ!」という人もいるかもですが、開発者本人がテストプレイするのは当たり前です。宮本プレイテストでは、お客様の客観的視点でどうなのかをテストしたいわけで、他人にやってもらう必要があります。

そして、他人と言っても毎日同じ人にテストしてもらうと、その人はどんどんそのゲームに慣れていって上達してしまいますから、初見のお客様とは全然感覚が違ってきてしまいます。
慣れちゃった人の感覚に合わせて難易度調整してしまうと、初見のお客様からすると、「こんなん難しすぎるだろ!」ってなりがちです。

ですから、宮本さんはまだそのゲームを触ったこと無い人をさらってくるわけです。任天堂なら社員は一杯います(さらに任天堂はマリオクラブという大規模デバッグチームを自前で抱えてますから、プレイテストの人材は潤沢です)から、毎日新しい人を連れてくる事だって可能でしょうけど、小規模な開発だと現実的には難しそうだよな…とは思います。

そうやって、他人にプレイテストしてもらうのを開発者は後ろから観察するわけですが、観察と言っても、眺めて終わりではありません。プレイの様子を見ながら考察するのが重要です。

さらに、観察するのがゲーム画面だけでなく、プレイしてる人の目や表情も観察するのが重要だと、宮本さんはインタビュー記事で仰ってます。

https://www.gamespark.jp/article/2007/05/09/12148.html

心からみんなが私と同じ方法でゲームを開発するようになることを望みます。私はゲームを誰かにプレイしてもらうとき、意見を聞いたり、アンケートを取ったりしません。ただ、ゲームをプレイする彼らの目や表情を観察するだけです。彼らは笑っていますか?あるいは苛立っていますか?これは全くもって科学的な方法ではありませんが、そのように私は自分のゲームをテストするのです。

言われてみると、プレイヤーがゲームに行き詰ってる事はゲーム画面を観れば一目瞭然ですが、逆に、軽快にサクサク進行してる時に、果たしてプレイヤーがゲームに夢中になって楽しんでくれるかどうかはプレイヤーの表情を見ないとゲーム画面だけでは分かりません。
ゲームが簡単すぎてつまんないと感じてるケースもあるからです。

ゲーム開発者は全知全能の立場からゲームを作ってますが、初見のプレイヤーは何も知らない立場からプレイするので、つまりゲーム開発者が作ったゲームの仕掛けというのは実際ビックリするくらいテストプレイヤーは気付いてくれません。

開発者は全然自分の思った通りにプレイしてくれないプレイヤーにイライラして、「あーあー、違う、そうじゃねえんだよ!何で分かんねえんだ!ちょっと貸してみろ!」とか言い出したくなるでしょうが、何も言わないで黙ってじっと観察してください。
何故なら、ゲームは最終的にはリリースされますが、そうしたらお客さんは自分の家で一人でプレイしますから、開発者は一人一人のお客さんの後ろから「ここはこうやればいいんだよ」なんて言ってあげられません。
宮本プレイテストではそういうお客様のプレイ環境をシミュレートするために、開発者はプレイヤーに手出ししません。

さて、プレイテストでプレイヤーが意図した通りにプレイしてくれなかった場合に、開発者はどうすべきなのか?についてです。
もしそのゲームを沢山売りたいとか、沢山の人にプレイしてもらいたいのであれば、「何でこの程度の事が分かんねえんだ?プレイヤーの頭が悪すぎる!」みたいな態度はやめるべきです。
宮本さんは、「お客さんが分からなかったものは自分が間違ってる」という態度から入ります。

ですから、プレイヤーが分からなかった仕掛けは、自分が分かりにくく作ってしまったんだなあと考えて、分かりやすくなるようにヒントとかを入れて、誘導してあげるとか、そういう事をしています。

まあ、ヒントと言ってもバカでも分かるように超露骨なヒントとか入れちゃうと、プレイヤーは「バカにしてんのか?」とか逆に怒るかもしれません。

例えば、Undertaleというゲームでスイッチを押すと先に進めるようになる仕掛けがありますが、そのスイッチの横に「このスイッチをおすのよ」という超露骨なヒントが書かれてます。

まあこれはトリエルさんという超過保護なキャラクターを表現するための極端なネタ(それにしてもUndertaleはキャラクター表現のためにゲームシステムを使うのが上手い)なんですが、プレイヤーが分からないと困るからって極端に簡単にされてもそれはそれで面白くないので微妙な塩梅で調整する必要があるという事です。

ゲームとユーザーエクスペリエンス

宮本さんがプレイテストなどで常にお客様目線で考えるやり方と言うのは、いわゆるUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインの考え方に近いのかもしれません。
ユーザーエクスペリエンスデザインというのは、製品、システム、サービスを利用するお客様の”体験”を設計する事です。

宮本さんは学生時代は工業デザインを専攻されていたそうです。
工業デザインと言うと、まあ幅広そうですが、例えば椅子や机の設計も工業デザインだと思います。

椅子や机をデザインする時に、何が大事かと言えば、まあ斬新な形の椅子を作りたい!という自分の気持ちもあるでしょうが、それより何よりお客様の座り心地が良い事が大事です。
ですから、椅子を設計したら、他の人に座ってもらって座り心地を確認するでしょう。

宮本さんは椅子をデザインする時のような考え方をゲームの開発にも取り入れてるのだと思います。

ユーザー体験という考え方は、実用品の時の考え方で、ゲームの話とは違うんじゃね?と思う方もいるかもしれませんが、むしろ実用品よりもゲームの方がユーザー体験の設計は重要かもしれません。

何故なら、ゲームは娯楽だからです。
もし、自動車のカーナビの場合は、操作が分かりにくい、使いにくいとしても、必死こいてマニュアル読んで覚えるはずです。カーナビが使えないと生活に困りますからね。
しかし、娯楽であるゲームは、別に無くても生活には困りません。「このゲーム意味分かんね!」と思ったら簡単に投げ出してしまうでしょう。
ですから、ゲームはむしろ実用品以上にユーザー体験に気を使う必要があります。

ゲームはコミュニケーション

私は、ある意味で、”1人ではゲームを作る事はできない”と思ってます。
「今はゲームエンジンとか使って一人でも作れるよ!」と思われるかもしれませんが、労力の問題というより、1人では宮本プレイテストができない、つまりお客様目線を取り入れられないからです。

ゲームと言うとテレビゲームのほかにもトランプやボードゲームやTRPGがありますが、私は全てのゲームはコミュニケーションだよなあと思ってます。
トランプやボードゲームやTRPGに人間同士のコミュニケーションが必要と言うのは分かりやすいですが、テレビゲームは一人でもできるんじゃね?と思われるかもしれません。

テレビゲームの場合は、ゲーム開発者とプレイヤーの間でのコミュニケーションする事になります。

結局のところ、テレビゲームが面白いというのは、ゲーム開発者が考える面白さがプレイヤーにうまく伝わってる状態で、つまらないのは上手く伝わってない状態と言えます。

例えば、ICOというゲームは、「女の子を守りながら手を繋いで城を脱出する体験って最高じゃね?」という面白さをメチャメチャいい感じに伝えてくるので、プレイヤーは「マジ分かるわ~!」と感じます。これが面白いという状態です。

伊集院光さんのゼルダの話

ゼルダの伝説と言えば宮本茂さんが手がけたゲームの代表的な作品で、シリーズも沢山出てます。
ゼルダのような謎解きが一杯あるゲームは、本当に調整がシビアなジャンルのゲームだと思います。宮本プレイテストの真価が発揮されます。
ユーザーに「こんなもん分かるわけねえじゃん!」と思われてしまうと、もうそのユーザーはそのゲームを他人に勧めたり次回作を買ったりしてくれなくなるかもしれません。

ところで、私は伊集院光さんの深夜の馬鹿力というラジオ番組をよく聞きます。
伊集院さんは番組でよくゲームの話をしますが、ゼルダについて語る時もあります。

2011年にスカイウォードソードについて語った時がこちらです↓

伊集院光「ゼルダの伝説は裏切らない」

ゼルダは裏切らない」というのは、ゼルダでは理不尽な事は一切起きないという事です。
仕掛けに詰まったとしても、あとで「こんなの分かるわけねえじゃん!」とか思う事は一切なくて、「あっ、そうか!これは気付かなかった自分が悪いわ」と納得できるそうです。

これはきっと宮本プレイテストで調整しまくった賜物のプレイ感覚だと思います。
「ゼルダは裏切らない」とまで言わせるというのは、ゼルダというゲームとプレイヤーの間にはしっかりとした信頼関係が構築できているという事ですね。

2014年に神々のトライフォース2について語った時がこちらです↓

伊集院光「ゲームにおけるDLCややりこみ要素は不要」

やはり、「謎解きの温度がいい」と仰ってます。
そして、番組スタッフの渡辺さんにやらせてみた時も、やっぱり同じようなリアクションしてて面白かったとの事。

宮本プレイテストの成果として、ここまでゲームプレイヤーとの間に信頼関係を築く事に成功しています。

ちなみにこの話の中で、ヒントをくれる幽霊が見えるようになるメガネのアイテムについて、渡辺さんはプライドが許さなくてそのアイテムを使うことが出来なかったそうです。
プレイヤーが詰まってしまわないようにヒントを出してあげるのは重要ですが、ヒントの出し方はなかなか難しい面があるようですね。

ところで、私はさっきから宮本プレイテストがすごいすごい!ばっかり言ってますが、宮本さんの凄さはもちろんプレイテストだけではありません。
そもそもプレイテスト以前に面白い仕掛けのアイデアを思い付くセンスが凄いという事もあります。
しかし、アイデアが凄い人なら宮本さん以外にもいるでしょうが、そこで「オレって天才」とか言って傲慢にならずに、そのアイデアが他人に伝わるように謙虚にゲームを作っているところが神レベルのゲームデザイナーなんだろうなと思います。

ところで、先ほどリンクを貼った宮本さんのインタビュー記事の中で、「Wiiのゼルダは海外ではまずまず売れてるけど、国内ではまったく期待外れの売り上げだった」みたいな事を語ってます。

調べてみると、トワイライトプリンセスの国内売り上げは64万本、スカイウォードソードは36万本です。

ゼルダの伝説シリーズの歴代売上をまとめてみた

言うても結構売れてるやんと思いますが、Wiiスポーツが国内353万本とかだったのに比べるとたしかに物足りなく見えるのかもしれません。

どうして当時のゼルダは国内で売り上げが微妙だったのか?と言われると、すいませんがよく分かりませんが、インタビュー記事で宮本さんは言うには、「wiiは主にゲーマーじゃ無い人達が買ってたから」だそうです。

プレイテストをやらないとゲームはどうなってしまうのか?

ここまで読んでも「ホンマに宮本プレイテストとかやる意味あるの?」とか思ってる方もいるかもしれませんから、もしやらなかったらどうなっちゃうのかという話をします。

ハッキリ言って、開発者が一人で作って、まったく他人の客観的目線を取り入れてないゲームは確実に独りよがりなゲームになっちゃってます

例えばどんな感じかと言うと…まあ…ここで具体的なタイトルを挙げちゃうとディスってるみたいになってしまうかもしれませんが、あくまで例として「ドラゴンズレア」を挙げちゃいます。

いや、私はディスってないですよ。
どんな理由であれ、ドラゴンズレアは凄い知名度のゲームですし、良かれ悪かれゲームの歴史に残るような作品だと思います。(ファミコン版ドラゴンズレアの中古価格はかなり高騰してます)
ただ、世間では「理不尽ゲー!」呼ばわりされてるようだというだけです。

ドラゴンズレアのごく一般的なゲーマーの反応が観れる動画がこちらです↓

ドラゴンズレアは、ゲーム開始の跳ね橋のステージがそもそもどうやって攻略するのか謎な事で有名です。

まず、操作性が相当悪いです。
そして、跳ね橋を歩いてると急にちょっとだけスキマの穴が開いて、そこから落ちて死んじゃうのが理不尽です。
ドラゴンの攻撃で一撃死するのも理不尽ですし、門に触れると死ぬのも理不尽です。
プレイヤーの当たり判定がでかすぎて、「絶対当たってねえだろ!」と思うのに死ぬのも理不尽です。

そんなわけで、プレイヤーからすると全てが理不尽なわけですが、多分ゲームデザイナーの方は「普通に作っただけだが?」くらいに思ってます。
「まあ、ちょっと難しめにしちゃったかな?」くらいは思ってるかもしれません。

おもしろいけど難しいのと単に意味不明なのは全然ちげーんだよ!!
これは私が思ってるわけでは無いですが、こんな風に思ったプレイヤーもいるかもしれません。

ゲーム開発者の主観では、攻略法は「当然こうだろ?」くらいに思ってそうですが、プレイヤーの客観的視点では、まるで意味不明です。
開発者とプレイヤーの感覚はこれくらい乖離があると思って間違いないです。
面白いゲームを作る、どころか、自分の作ってるゲームをドラゴンズレアよりマシにする事さえプレイテスト無しでは困難なのです。

もしもこのゲームがちょっとでも宮本プレイテストをやっていたらもっと違ったゲームになっていたであろう事はご同意いただけるのではないでしょうか。

そういえば、ゲームセンターCXという番組でも有野課長がドラゴンズレアをプレイしています。
ゲームセンターCXを観てると一般的なゲームプレイヤーのプレイの反応がよく分かりますね。
有野課長が自分の制作中のゲームのプレイテストしてくれたら助かるのになあ。

ここでまたややこしい話になるのですが、理不尽なゲームって自分が遊んでるとイライラしそうですが、こんな風に他人が苦しんでるのを観てる分にはなんか面白いんですよね。

例えば、Getting Over Itという壺男のゲームは、かなりイライラさせる難易度で理不尽に落下したりしますが、その苦行っぷりでプレイヤーが苦しんだり絶望したり発狂したりする姿が面白すぎて実況プレイ動画が人気爆発して、結果的に大人気ゲームになっちゃってますから、もしかすると最近は一概に理不尽は悪い事ではない…?う~む。
しかし、苦行ゲーは苦行ゲーなりにプレイテストで理不尽さを調整した方がやっぱいいのかな…ちゃんと苦しんでくれるか確認しないといけないですし?(混乱)

そもそも論としてプレイしていて苦しんでる他人の姿を観るのがある程度好きな人間じゃないとマリオとかゼルダとか作らないんじゃね?という気もしなくはないですが、宮本さんはやっぱりその辺のバランス感覚に優れているのかなと思います。

面白いインディーゲームはしっかりプレイテストをやってる

個人制作のインディーゲームなどでも、面白くて有名なタイトルはほぼ間違いなくプレイテストをやってます。

例えば東方ですが、紅魔郷と妖々夢ではスタッフロールのスペシャルサンクスに”and all test players”と表示されるので、友人などにプレイテストをやってもらってそうです。
ZUNさんは元々タイトーでゲーム開発されていた方なので、プレイテストの重要性は多かれ少なかれご存知だったはずです。
でも、永夜抄以降はスペシャルサンクスからテストプレイヤーが消えてるんですよね。

次に、Undertaleですが、アンテは結構何人ものアーティストが関わっていて、彼らがテストプレイしていたそうです。

https://undertale.fandom.com/wiki/Undertale_Developers

洞窟物語は、制作期間の5年の間、5人で掲示板でやり取りしながら延々とブラッシュアップしていたそうです。これがあの面白さの秘訣だったんですね。

フリーゲームの傑作「洞窟物語」、10年越しに制作の裏側公開

https://studiopixel.jp/doukutsumonogatari/doukutsu2004bbs.html

Downwellも、もっぴんさんは周囲の人達や、ミートアップイベントに出展した際にプレイテストをしてもらってたそうです。

ッドルームから世界へ――インディーゲーム開発者もっぴんと処女作『Downwell』の挑戦【インディーの肖像 Vol.5】(3/4)

このように、面白いゲームはみんなプレイテストをやってます。
何と言っても奥義ですから。

最近の海外ゲームがどんどん面白くなってる理由

個人的なイメージですが、昔の海外のゲーム(洋ゲー)って、当時から、面白いは面白いですが、なんか調整が雑で理不尽だったりして、やっぱ日本のゲームが最高だな!とか思ったりしませんでしたか?(でもレア社のゲームは昔から面白かった)
そして、外国の人達自身も、「何故か知らんけど日本のゲームメチャ面白い!」とか言ってた時期があった気がします。

しかし、最近は洋ゲーもメッチャクチャ遊びやすくなってる…気がします。もう和ゲーだから、洋ゲーだからどうこうとか考えたりしません。
しつこいようですが、Undertaleも当時遊んだ私はあまりの面白さに衝撃を受けました。

で、何で洋ゲーの面白さというか調整のクオリティが和ゲーに追い付いたのか?

私は”海外の開発者が宮本プレイテストの手法を覚えたから”だと思ってます。

このゲーム制作の奥義を、2007年に宮本さんは海外インタビュー記事で、岩田さんはほぼ日の記事(ご丁寧に横に英訳まで載せている!)で暴露してしまいました!

まあそのおかげで私も奥義を知れたんですが、海外のゲーム開発者は宮本茂さんを神と崇めてる信者みたいな人達が多いですから、この神のお告げの宮本プレイテストにみんな速攻で食いついて取り入れたと思われます。

エレクトロニックアーツ(EA)なんか、2011年には「プレイテストの科学:ユーザー研究のためのEAメソッド」と題してGDCで発表しています。

動画はこちら↓

https://www.gdcvault.com/play/1014551/The-Science-of-Play-Testing

スライドはコチラ↓

https://slidetodoc.com/the-science-of-play-testing-eas-methods-for/

このEAのプレイテスト方法がなかなか面白くて、まずアイトラッキング装置でプレイヤーが画面のどこを見ているか計測します。
さらに顔や指に筋電センサーを取り付けて、プレイヤーの感情を読み取るそうです。

そうやってプレイヤーのデータを収集して分析、解析するのがEAのプレイテストメソッドというわけです。

「ゲームしてる人の目や表情を観察する」って言ったけど、そういう意味とちゃうねんけどなあ…って宮本さんなら言うかもしれません。

宮本さんがやってるようなアナログでファジーな方法を、システマティックな方法に置き換えるのは欧米らしい気がしますね。
宮本さんのやり方だと一度に1人しかプレイテストできませんが、EAの方法なら何百人も同時にプレイさせて沢山のデータを取る事も可能かもしれません。

まあとにかく、欧米が宮本プレイテストの重要性に気付いてガンガン取り入れていったのと、洋ゲーがなんかガンガン面白くなっていった時期は一致している気がするという事です。

プレイテスト的な考え方はゲーム制作以外でも役に立つ

SAVE THE CATの法則」という映画脚本の作り方についての本を読んでいたら、ログラインについての話がありました。

ログラインとは何かと言うと、その映画って一言で言うとどんな映画?と言われた時の答えがログラインです。

例えば少女終末旅行(映画じゃないけど)のログラインは、
「二人の女の子が 世界の終末で 世界の果てを目指す」
みたいな。

それで、ログラインを考えたらそれで終わりでは無く、テストマーケティングしに行けと著者は言います。

テストマーケティングとは、街に出て見知らぬ人に、自分が考えたログラインについてどう思うか訊いてみる事だそうです。
それで他人が興味を持ってくれるログラインはいいログラインで、興味無さそうなら次の人に話しかける前にログラインを修正します。

脚本と言うのはついつい自分が興味ある事を書いてしまいますが、他人にも興味がある事じゃないとダメだからです。
たとえば「1990年の夏休みにキャンプに行った時の思い出の映画」とかだと、自分は懐かしい、最高!と思ってても、他人からするとオメーのキャンプの思い出なんか知ったこっちゃねぇーよと感じちゃうかもしれません。

こうやって、他人からも興味持ってもらえるいいログラインを先に作ってから脚本に取り掛かる事で、詰まらない脚本を書くのに無駄な時間を費やしてしまわずに済みます。

この考え方って宮本プレイテストの考え方に似てますよね。

きっと、ゲームや映画脚本に限らず、どんな事においても客観的な視点を取り入れる事は重要なのだと思います。

それにしても、街で見知らぬ人に自分の脚本について意見を聞くなんて、度胸がありますね。正直言ってナンパするより恥ずかしい気がして私には無理そうです。
どうして赤の他人じゃないとダメなのか?友達でもいいのでは?と思いますが、友達だとどうしても気を使って無理に褒めたりしてあんまり客観的意見にならなそうだからできれば他人がいいそうです。

でも、日本人の気質からして、赤の他人でも無理して褒めたりしちゃうんじゃないでしょうか。
私なんかゲームの展示とかやらせてもらう時、もしつまんなくても「面白かったです!」って言っちゃう気がします。

おわり

というわけで、今回の記事では、宮本茂さんがゲーム制作時にいつもやっているプレイテストの重要性について書いてみました。

まあ、大抵の方はすでにご存知だった話だとは思います。

しかし、知らない人がいたら損なので、念押しとして書いてみました。

宮本プレイテストについて知らない人は、多分ゲームは自分が思いついたままに作って終わりだと思ってる人が多いと思います。
イラストとか漫画だって、基本的に描いたら終わりです。
しかし、ゲームの場合は作って終わりだと神ゲーになる確率は言ってしまえばゼロかもしれません。
プレイテストと修正を繰り返して地道に改善していく事で、ようやく面白いゲームが生まれます。

この事実を知ってるかどうかで、ゲームの作り方に対する意識は完全に変わってきてしまうだろうなと思います。

「そんな事ないんじゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが、逆にプレイテスト無しで作られた神ゲーがあるなら教えてもらいたいですね。
何だかんだ言ってもプレイテストによる改善サイクルは面倒くさいですから、しかしやらないと話にならないからみんなやってるだけで、やらないで済むならそれに越した事は無いと思います。

実は、今回の記事では書きたかった内容の半分でしかありません。
ゲーム制作における宮本プレイテストの重要性を散々語って、それは前フリで、「でもそうは言っても私にはプレイテストしてくれる人のアテが無いんだけど、そういう人はどうやってゲーム作ればいいのか?」という話を後半でしたかったのです。

しかし、前半だけでいつも通り内容がクソ長くなってしまって、書いてて疲れましたし、読む側も疲れるでしょうから、一旦終わりにして、後半の内容についてはまた別の記事に書こうかなと思います。

余談:ブログを書く事について

これは記事本文と関係がない余談です。

最近はなんかブログを書く事をそれなりに重視し始めてる気がします。
以前はブログを書く目的もハッキリしてなくて、なんか書きたい事ができたら書く、くらいの感じでしたが、最近はブログを書く意味ができてきたからです。

ブログを他人に読んでもらいたいという気持ちももちろんありますが、それよりもむしろ自分で読み返したりして自分の考えを整理しておくのにブログは便利です。
考えは書いておかないと、自分が何を考えてたかなんて速攻で忘れてしまいますし。

漫画を描くとかゲームを作るとか、そういう創作をするにあたって、何でも自由にやっていいよ。と言われてもそれはそれで困るという事があります。
何かしら制約とかが無いと、あんま何も思いつきません。
なにか考え方の拠り所になる土台のようなものの必要性を感じました。

それで、このブログがその土台のようなものになるのかもしれないなと感じてます。

デッキ構築型カードゲームで例えると、ブログがデッキで記事がカードに相当するかもしれません。
それで言うと創作行為はカードを切って戦う事に相当するでしょう。

何か物事を改善していこうと思った時に使われるのがPDCAサイクルですが、PDCAではまず初めに仮説を立てて、実際にその仮説を使ってみて、仮説が正しいかどうか検証して、間違っていたら仮説を修正する、というのを繰り返します。

このブログで言えば、自分の考え方やアイデア(と言っても大抵は他人の考え方をベースにして書いてますが)を記事に書き起こすと、それはカードを一枚生み出すという事です。この段階ではカードは仮説に過ぎません。
このカードの束を構築したのがデッキであり、ブログです。

このデッキ(沢山の仮説)を元に創作を行います。
創作の出来栄えの良し悪しで、仮説の正しさが検証されます。

そうしたらダメだったカードをデッキから外したり、新しいカードを追加したりして、デッキを調整します。

これを繰り返す事で、ブログに書いた仮説の正しさは検証されていって、それに伴い創作の品質も上がっていく…事になるはずです。
そういう一種のシステムとしてブログは結構必要なんだろうなと思い始めました。

以前はブログとか書いてるヒマがあったら創作活動に時間を使うべきじゃないか…とか思ったりしてましたが、多少遠回りでもブログ記事を書き重ねていく事で結果的には早く正解に辿り着けるのかもしれません。

とは言え、こんな事言いつつも実際は自分の中でブログ書くブームが来てるだけですぐに飽きる可能性も無きにしも非ずです。