イェスパー・ユールは、”ハーフリアル”のなかで、「ビデオゲームはルールとフィクションの重ね合わせである」という事を指摘しました。

しかし、私は以前の記事で、フィクション世界(シミュレーション)とルール(ゲームメカニクス)はトレードオフの関係にある事を指摘しました。↓

シミュレーションを重視しようとすると、ルールがおろそかになり、逆もまた然りという事です。

しかし、Inscryptionでは、3Dのシミュレーション世界で、さらにその中でボドゲ、カードゲームをプレイします。
つまり、ゲーム内ゲームです。

盤面とゲームの歴史

我々が生きているありのままの現実世界は、実はゲームとして遊ぶのに向いてません

たとえば、”だるまさんがころんだ”について考えてみます。
「だるまさんがころんだ」と言ってオニが振り返った時に、身体が動いてしまうと負けになります。
”動くと負け”というルールですが、相当曖昧ですよね。
人間、まったく微動だにしないワケにはいきません。止まってるつもりでも多少は動いてしまうでしょう。厳密にはどれくらい動いたらアウトなんですか?

「たかが遊びなんだから細かい事気にすんなよ」…と思うかもしれませんが、たとえば賞金をかけてだるまさんがころんだ大会を開いたとしたら、ルールが曖昧だと揉めるでしょう。

人類がルールの曖昧さを解決するために発明したのが、”盤面(ボード)”です。
将棋やチェス、囲碁、オセロにはマス目に区切られた盤面があります。
盤面は、ゲームを離散化しました。つまり、ルールから曖昧さを排除する事ができました。

コンピュータもまた、離散化された処理が得意です。逆に、曖昧な事を処理するのは苦手です。
ですから、ビデオゲームとして将棋やチェスなどのボードゲームを実装するのは比較的容易です。

ファミコンの頃のRPGの戦闘は、シミュレートされたフィクション世界というよりは、どちらかと言うとボードゲーム的な盤面に見えます。

その後、ゲームのグラフィックはどんどん進歩してリアルな表現になって行きました。
FF10の頃になると、ゲームメカニクス自体はボードゲーム的な戦闘から大して変わってないにも拘らず、グラフィックはリアルなフィクション世界を表現しています。
もはや盤面的な見た目とは言えません。シミュレートされたフィクション世界です。

こうなると、ルールとフィクションの乖離が問題になってきて、ルールをシミュレーションに寄せる事を余儀なくされました。
結果、FF7Rではアクションを伴う、かなりシミュレーション的な戦闘システムになってます。

この時点で、ゲームから見た目的にもルール的にも盤面の存在が排除されました

ルールとフィクションの重ね合わせという意味では、一致度は上がりましたから、一見すると進歩に見えます。

しかし、ある意味では、離散的なボードゲームから、だるまさんがころんだ的現実世界の遊びへと退化してしまってます。

コンピュータ上で将棋やチェスを実装するのが簡単なのに対して、シミュレーション的に”だるまさん”を実装するのがいかに困難かを説明します。
まず、ゲームで”だるまさん”を遊ぶには、完全な物理法則をシミュレーションできる3D世界を構築する必要があります。
その上で、完全にリアルな人間のグラフィックスやモーションをシミュレートする必要があります。
しかも、どれくらい動いたらアウトなのか?という曖昧なルール判定を実装する必要がありますが、このような曖昧さはコンピュータにとって不得意であり、実装は困難です。
苦労してルールを実装できたとしても、そのルールがプレイヤーに納得してもらえるかは別の問題です。「全然動いてないのにアウト判定された!」とか怒るかもしれません。
曖昧なルール判定に納得感を持たせるために、演出やエフェクトで補強する必要があるでしょう。

このように、現代のゲームはルールとフィクションを重ね合わせるために、盤面を失ってしまいました
それによって、ゲームは曖昧な世界に逆戻りして、恐ろしいくらいに余計な苦労を大量に背負い込むハメになったのです。

ゲームの開発費が際限なく増えていって、開発期間がひたすら伸びていっている原因の一端がそこにありそうです。

そんな中、Inscryptionでは、リアルな3Dシミュレーション世界で、その中にまた盤面を敷いてボドゲを始めました。
そうする事で、一周して再びゲームに盤面を取り戻したわけです。

他のゲームが無理してシミュレーション世界上にルールを実装しようとして膨大な苦労を背負い込んでた中で、Inscryptionは敢えてシミュレーション世界とルール(ボドゲ、カードゲーム)を分離しました。
これにより、ゲーム開発を大幅に省力化できています。

要するにこのようなコスパの良さが、ゲーム内ゲームのメリットだと言えます。

”ルールだけ”ではダメなのか?

「ちょっと待って!そんなにボードゲームが素晴らしいなら、別にゲーム内ゲームにしなくても、普通にボードゲームだけで作れば良かったんじゃね?」という指摘もあるかもしれません。

確かに一理ありますが、じゃあ今どき、単なる将棋のゲームとか、単なるオセロのゲームを出したとして、売れるでしょうか?

現代のユーザーは、ゲームに対して、リアルなフィクション世界への没入とハマれるゲームメカニクスを同時に求めます
困ったものですね。
だって、ゲームのフィクション世界やストーリーに没入してたら、戦闘とかパズルとかのルールが邪魔になるはずです。
逆に、戦闘のゲームメカニクスに夢中になってる時は、フィクション世界の美しい風景とかもまったく目に入らずどうでもよくなるでしょう。

フィクション世界への没入とゲームメカニクスはトレードオフなので、それを両方求めるのは、「サウナと水風呂に同時に入りたい」と言ってるようなもんかもしれません。
ユーザーが求めるがままにリアルなフィクション世界にゲームメカニクスを合わせようとするのは、クソ真面目にサウナの中に水風呂を作ろうとして当然上手く行かずメッチャ苦労するようなもんかもしれません。
それに対して、ゲーム内ゲームは、サウナの隣に水風呂を直結して騙すみたいな抜け道的なテクです。

3マッチパズルの”キャンディクラッシュサーガ”は、たのしいゲームメカニクスを持ってますが、フィクション世界を持ってません。
”プロジェクトメイクオーバー”(プロメク)も、インゲームは同じく3マッチパズルですが、パズルで稼いだお金を使ってゲストをメイクアップするという外側のフィクション世界のストーリーを持たせています。

という事は、プロメクもInscryptionと同様に、ゲーム内ゲームを使ってフィクション世界とゲームメカニクスを分離する事で、高いコスパでユーザーを満足させていると言えるかもしれません。
プロメクが惜しいのは、ゲストをプロデュースするというフィクション世界と3マッチパズルというゲーム内ゲームの繋がりが良く分からないという点です。なぜ3マッチパズルやらなきゃいけないのかの説明になってません。
そのせいで、ゲーム全体の体験が統一されてません。

”ぷよぷよ”にも同様の問題があります。
ぷよぷよではRPG風のキャラクター(というか元々はRPGのキャラ)達が会話するシーンで始まりますが、何故か戦闘になるとぷよぷよパズルで勝負します。
これもある意味ゲーム内ゲームと言えそうですが、フィクション世界とパズルの繋がりがピンと来ません。

ゲームのフィクションと言うものは、ルールや目的を説明して、分かりやすくするために有用なものです。↓

ぷよぷよのフィクション世界は、「どうしてぷよを消さないと行けないのか?」という説明になってません。

これらのゲームに比べると、Inscryptionのフィクション世界はそもそも主人公とレシーがボドゲ・カードで遊ぶために卓に付いてるという世界なので、そこでゲーム内ゲームとしてボドゲ・カードをやるのは極めて自然であり、体験は統一されています。
どうしてカードゲームやんなきゃいけないの?というと、カードゲームするために主人公たちは卓に付いてるからです。

ここでの話をまとめると、
1、盤面(ルール)のゲームは実装が容易であるものの、現代のゲームユーザーはルールと同時にフィクションも求めるので、ルールだけだと売れない
2、ゲーム内ゲームは盤面的ゲームをフィクション世界で包み込むという考え方であり、故に高いコスパでルールとフィクションを同時的に提供できる。
3、この時、盤面的ゲームとフィクション世界が乖離していると、プレイヤーの体験に不統一が生じる。Inscryptionのように、盤面的ゲームを遊ぶのが自然なフィクション世界を用意すれば体験が統一される。

さらに言えば、プロメクやぷよぷよでは、フィクション世界からパズルに切り替わる時に、画面が切り替わります
これは、フィクション世界とパズルが完全に別の世界で、分断されており、ぶつ切りにされてる印象があります。
Inscryptionではフィクション世界上で盤面を広げてボドゲにシームレスに入っていくので、つまりフィクション世界と完全に同一世界上でボドゲがプレイでき、フィクション世界とゲーム内ボドゲの繋がりが大幅に向上されてます。

このような話に加えて、Inscryptionでは、フィクション世界での行為がボドゲに影響を与え、逆にボドゲでの行為がフィクション世界に影響を与えるという相互作用があります。
例えば、レシー小屋で金庫を開けてカードを入手すると、ボドゲでのデッキに組み込めますし、逆にボドゲ内で檻の中のオオカミを開放すると、レシー小屋のパズルが解けます。

これらのシームレス性と相互作用性により、ゲーム内ゲームはルールとフィクションを分離してるにもかかわらず、密にリンクし合って、ルールとフィクションの重ね合わせが実現できます。

まとめ

他の3Dゲームではルールをシミュレーションに一致させる事でルールをフィクションに重ね合わそうとしていますが、それはせっかくの盤面を排除してしまう事に繋がり、故にゲーム制作に膨大な労力が生じる事を説明しました。

Inscryptionではゲーム内ゲームを駆使する事で、ルールとフィクションを分離して、シミュレーション世界と盤面を両立させました。
ルールを説明するフィクション世界を用意する事に加え、シームレス性と相互作用性によって、極めて高いコスパを維持したままルールとフィクションの重ね合わせを実現できている事が分かりました。